未来を撮る
星新一の本を読んでいたら、僕も、こういう短い面白い話を書きたいなと思って、試しにひとつ書いてみることにしました
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僕はカメラ大好き大学生。
不忍池の骨董市で古いカメラを見つけた。
「それは『未来』が撮れる写真だよ」
近くの椅子に座るくさそうなジジイがそう言った。
「未来を?」
「今なら1000円で譲ってやってもいいぞ」
フィルムカメラなのでいちいち現像するのも面倒だが、せっかくなので買ってみることにした。
カシャ。目の前に見える不忍池を撮った。
何年先の写真が撮れるのか、聞くのを忘れてしまったが、まぁ「未来」といったら100年後だろう。100年後の不忍池は埋め立てられているかもしれない。
カシャ。上野公園のスタバを撮った。100年後には「スタバ」ではなく全く別の名前の店舗になっているんじゃなかろうか。
カシャ。自分を撮ってみた。上野公園を散歩中の可愛い女子大生に撮ってもらった。
彼女の姿も撮ってあげた。
「このカメラは未来を写せるんだ」と説明しているうちに仲良くなった。現像して写真が出来上がったら、会って写真を見せてやるという約束もしてしまった。
数日後、現像した写真を受け取りにカメラ屋に行った。不忍池のベンチで、封を開け中身を見ると、どの写真も真っ黒で何も見えやしない。
「あのくさそうなジジイに騙されたんだな」
カメラを買った金も、現像代も、女子大生と会う約束もパーだ。
腹が立って、僕はそのカメラを池に放り投げた。
数週間か経ったある日、家で昼寝していると、何の前触れもなく無性に外に出て写真を撮りたくなった。歩き続けて、気づくと僕は不忍池にいて、服も脱がずに池に飛び込んだ。
あり得ないほど深く潜り、箱のようなものを手に取り、機械に引っ張られているように勢いよく水面まで上がった。泥まみれの箱を顔に近づけ、なにかボタンのようなものを押したら
「カシャ」
という音が鳴った。泥を払ってみると、それは僕が池に投げ捨てたカメラだった。
あの日骨董市にいたジジイにこのカメラについて尋ねてみると、こう言った。
「今の自分が未来の自分に同じ場所で撮影するように命令して、取れた写真を今に転送するという仕組みなんだ、このカメラは。池なんかに捨ててしまうだなんてバカなことをするんだね、君は」
おしまい
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自分なりに評価すると、なんか引っかかる、あまり細工が優れていない話だなぁと思いました