忘れられた言葉

 目が覚めて、言葉を繰り返す。

 

 「サラチナ...サラチナ...サラチナ...」

 

 目の焦点が合わない、寝ぼけたまま、スマホを開き、メモ帳アプリを開き、ふらふらとした指さばきで、何度も打ち間違えながら

 

かひ(取り消し)さや(取り消し)そらに(取り消し)さらにね(取り消し)

はらにな(取り消し)

さらちは(取り消し)

さらちな(カタカナを探す)(改行)

 

 「サラチナ」

 

と打ち込む。

 

現実世界に「サラチナ」なんて言葉は存在しない。そういう名前の競走馬がいるんだけれど、僕が夢で知った「サラチナ」は、もっと別の、何かエッチな行為を指す言葉なのだ。エッチな行為を指す「サラチナ」という言葉は、この世界に存在しない。

 

 現実で人間が口にする言葉ではない。検索してもヒットしない言葉だ。夢で生まれた言葉「サラチナ」

 

「サラチナ」に続いて、その言葉の意味も書き込む。この世に存在しない言葉の意味など分かるはずもないと思われるが、夢の中で、その言葉がどのような文脈で、どのような意味で用いられたかを、僕はなぜだか知っている。だから、それを思い出して、忘れないうちに急いで打ち込む。

 

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 数分後、私は「サラチナ」を忘れている。

 なにか夢で出会った言葉の存在だけは覚えているのだけれど、具体的にどんな言葉だったかを全く思い出せない。

さっきまで覚えていた「サラチナ」という言葉の響きが、声に出す時の舌の動きが、イメージが、記憶のどこを探しても見当たらず、「サラチナ」は僕の口から出るどころか脳内にすら現れなかった。

 きれいさっぱりに「サラチナ」は忘れられてしまった。

 私は意識を集中させて、脳内のあらゆるイメージを探し歩く。「サラチナ」を探す。なんとかして、見つけ出そうとする。

 

 結局見つけられずに、スマホを開き、メモ帳を開き「サラチナ」を見つける。

 忘れられた言葉を、思い出せたけれど、見つけられたけれど、驚きも感動もない。なにも嬉しくない。おそらく5分後にまた「サラチナ」は忘れられる

 

 

 

 

※ちなみに、夢から生まれた「サラチナ」という言葉は、なにかエッチなことを指す言葉。【「サラチナ」をしても妊娠しないから、今後「サラチナ」を辞める気はない】とかいう言葉の使われ方がある。