リコーダー

 《ある女性の鼻を探しています》

 あの子の鼻をあまり「鼻」と呼びたくない。「鼻」は「くさくて生暖かい人肌でできた雪室」という感じがするからだ。「花」を使ったほうがまだ、ましだ。だけど、「花」も使いたくない。小さくて柔らかくて、少々の風にも吹き飛ばされてしまうような気がするからだ。あの子の鼻は『確実にそこにある』『形がある』なんだ。

 まぁ、あの子の鼻の呼び名は「リコーダー」ってことにしておこう

 「鼻」とググってみると、黄色く図太い生姜のようなものがずらりと画面を占める。リコーダーは、どこにもない。

 私は高校を卒業し、リコーダーを見る機会を完全に失った。血眼になってネットを見つめ、リコーダーに似た鼻がないかと、鼻探しに明け暮れた。

 目当てのものは見つからなかった。

 

 リコーダーは、花火のように、くっきり、はっきりと、私の前に現れる。現れたら、どんなときも「これはリコーダーだ」という注意が、私の意識の最前列にくる。つまり、人でぎっしり詰まった電車の中でも、無数の人が交差する横断歩道でも、学生でごった返した食堂でも、私は、その他大勢の鼻とあの子の鼻、つまりリコーダーを、簡単に見分けることができるのだ。

 映画で俳優が横を向いている時、アニメでキャラクターが横を向いている時、僕は無意識のうちに、その横顔にリコーダーが付いていないかを確かめる。「リコーダーセンサー」とでも言っておこうか。

 センサーがリコーダーを感知することはほとんどない。

 

 

 「見つけた」と思うとき、私の鼓動は激しくなる。高速を走る車から飛び降りて、地に足がついて2、3歩走って、その次の一歩が追いつかずに、つまづいて頭から倒れるように。そのまま転がっていってしまうようになるのだ。

 心臓が動き出す。心臓が手になって、そのまま皮膚を突き破って、リコーダー目掛けて飛んでいきそうな気がする。

 

 私のリコーダーセンサーが反応を示したのは2回だけ。1度目はバイト先のコンビニ。

 オバさんの横顔が目に入った。突如リコーダーが現れた。オバさんだけど、鼻はリコーダーにかなり似ている。「もしやあの子のお母さん?」と思うほどである。

 心を落ち着かせ、視線を合わせないように気をつけて、オバさんのリコーダーをちらと見つめる。

 おばさんのリコーダーに吸い込まれてしまいそうだった。

 オバさんとリコーダーが私に近づいてくる。

私は黙々と精算する。

 レジ袋を渡すときだけ、リコーダーをじっくり見つめることができた。

 何も会話することなく、オバさんとリコーダーは店を出てしまった。車の車種とナンバーだけでも覚えておこうと思ったが、オバさんは、すぐにいなくなってしまった。それ以来、そのオバさんとリコーダーは、二度と現れなかった。それから、私は前にも増して、リコーダーを渇望するようになった。

 

 

 私はリコーダーを想って詩も作った。文芸の即売会にも出した。ここで、その一部を紹介する。

 

 

  あふれる 水飴 リコーダー

  今すぐ咥えて こぼさないように

  

  ふきだす 水飴 リコーダー

  さぁ吸い取って 詰まらないように

  

  ごちです 水飴 リコーダー

  ボクらの蜘蛛の巣 切れないように

 

                『リコーダー』

 

 1人だけ立ち読みしてくれた人がいたんだけど、マスクをつけていたので、表情が隠れて、反応がよくわからなかった(マスクつけていた女の子の鼻は、一体どんな形してるんだろうと、その時は思っていた)。

 

 冬休み、バイト先の塾で、僕は大変な目に合った。

 

 あの子に似た子を見つけた。

 女子中学生だ。

 彼女の鼻はリコーダーにあまりに似すぎていて、度を超していた。

 

 

━━━ 型をとらねば。

 

 私は粘土を買ってきた。

 

━━━ 型をとるから、ちょっといいかな

 

 彼女を隣の、誰もいない教室に移動させて、奥の椅子に座らせた。

 

彼女は太腿の上で手を握り擦り合わせながら

 

 ━━なにをするんですか

 

他の教室の子に聞こえないくらい小さな声でそう言い、私の顔を見上げた

 

━━━君の顔の型をとりたい。大学の授業の宿題なんだ。顔の型をとってこいって言われたから。いいよね

 

 ━━えっ、なんで私なんですか?

 

━━━いや適当に。君が1番、成績が良いからだよ。さぁ、息を吸って、20秒くらい我慢ね

 

 彼女は何も言わず目をつむり、首を伸ばし、身体を膨らませる。

 

 粘土を手にとり、彼女の顔にくっつけた

リコーダーは粘土に、静かに、静かに、沈んでいく。私の手も、彼女の顔に沈んでいく

 掌で、彼女の顔が、呼吸に合わせてリズミカルに震えるのを感じる。リコーダーの横、上、下、隙間ができないように、きっちりと、粘度を彼女の肌のすみからすみに密着させる。

 

 ━━んっ

 

 彼女は幾度か唸った。息が続かないサインだろうか。

 私は仕方なく粘度を顔から剥がすことにした。

 型の形が変わらないように、粘度を水平に、ゆっぬり、ゆっくり、離していく

 

 ━━ぷは

 

 粘土と彼女の間に、白い糸が引いた

 私はしばらくそれを見つめ、近づいて

 それを口の中に入れた。

 そして、そのままリコーダーの口を、すっぽり私の口で覆い被せて、中身を吸い出した。

 

 繋がる私たちを見つけて、中学生たちは騒ぎ出した。すぐさま塾長が駆けつけ、ヒルのようにひっついた私の口を彼女からひき離した。

 すぐに駆けつけた彼女の両親から、今まで聞いたことがないような叱責を受けた。彼女は相変わらず下を向き続けている。頬を赤らめ、リコーダーを垂れている。先っちょから透明の液が滴るのを見て、僕は手を伸ばした。

 伸ばした手は、見事にはたき落とされた